職人魂をもった大工たちこそ、小林建設の誇りです。島根県出雲市の小林建設は、無垢材を使って注文住宅の木の家を建てる工務店です。

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いい大工を揃えていること。それが工務店の生命線

 家を建てるのは大工。当たり前のことです。営業でもなければ、工務店の社長でもありません。だからこそ、腕がよくて、人間がよくて、仕事熱心な大工をいかに揃えているかが、工務店の生命線となります。

 小林建設の社長・小林悟の家は屋号を「大工家」と言います。つまり、代々大工をしてきた家柄だということ。初代岩次郎、二代目啓市、三代目喜義は、自らが棟梁として腕を振るいながら、大勢の大工たちを育ててきました。

 木を見る目、それらを適材適所に使い分ける技、仕事への執念。15歳くらいで弟子入りしてくる見習い大工たちにとって、棟梁はあまりにも大きな存在。「親方」という呼び名どおり、親子のように寝食をともにし、叱られ、励まされながらものづくりの魂を学んできたのです。

 そんな職人だましいを叩き込まれた大工たちにとって、手抜きなどもってのほか。仮にしようと思っても、体がついてゆきません。小林建設が、これだけはどこにも負けないと自負しているもの、それが大工の腕と心です。

小林建設の大工
小林建設の大工

インタビュー
小林建設が選ばれる理由 小林の大工たち

100年後に評価される仕事をしたい 大工 高野英美

先代の喜義さんに15歳の時に弟子入りしました。こころがけているのは、長持ちする家をつくることです。ふつうは100年はもたんといけんからね。昔の大工はそんなの当たり前やったです。私もできれば100年後に誰かが見た時に、「どんな大工がやったんか知らんが、いい仕事しとるな」って言われたいと思って、仕事をしています。

先代ですか?損ばかりしてましたね(笑)ああいう凝った仕事は、ボランティアでないとできないですよ。

「大工さんを粗末にしたらいけん」と言ってくれた 大工 太田寿人

16歳から20歳頃まで、小林家の2階で寝起きしていました。朝起きるのが辛かったのをよく覚えています。起きたら朝食前にまずひと仕事。あの頃はそれが当たり前だったし、みんなこらえ性があったよね。いまみたいにすぐに切れるなんてことはなかったね。

はじめてカンナをかけさせてもらえた時はうれしくてね。岡山にいる姉にカンナくずを送りましたよ。こんなこと書かないでくださいよ、恥ずかしいから。

亡くなった先代の奥さんがね、「大工さんを粗末にしたらいけん。会社が倒れる」というのが口癖だったんですよ。とてもやさしくて、いい奥さんでした。

小林建設が選ばれる理由 水上材木店「銘木の水上」 水上聖章様

 高野さんや太田さんが15、6歳の頃から知っていますが、そりゃあ厳しく仕込まれていましたからね。いい大工になって当たり前ですわ。叱られてしょんぼりしていたこともあったけれど、二人とも立派な棟梁になられました。

 私は二代目の啓市さんとつきあいが長くてね。木を見る目というのは、ものすごかったですよ。生半可な木を持って行くと叱られてねえ。他ではそんなに文句をつけられないような木でもダメだと言うんですから。いまから思えば啓市さんは50年先、100年先を見て仕事をしていたんでしょうね。だから、ものを見る基準が人とは違っていたと思いますね。

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